佐太郎、またやる気になっただ。急がず、着実に。


by tsado11

至福のとき(その1)

            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
             第1話 至福のとき
            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

             ・・・・・・・・★1・・・・・・・・
心から愛しあう男と女。激しく奔放に、燃え上がる性交。
互いの肉体の合一を強く感じ合えたとき、恍惚の感覚が祝福する。
互いの精神の結びつきを深く感じ合えたとき、至福の瞬間が降臨する。

故国から遠く離れた日本。
新宿副都心の7階建ての古い雑居ビルの屋上。
空調機器や給水タンクが設置されているだけの殺風景な狭い空間。
深夜12時。月の光が私の裸の尻を妖しく艶やかに照らし出している。

私、マニラで鬱々と暮らしていた少女ステフ。
この異国に、今現在、こうして存在していること自体が不思議なの。
この街で女を謳歌していることが奇跡だわ。

鉄製の手すりにつかまって、新宿高層ビルの夜景を眺めているの。
生まれたままの裸にTシャツ一枚をはおっただけ。下半身はむき出し。
終えたばかりの激しいセックスで汗ばんだ身体。
爽やかな風が吹き抜けていく。
気持ちいい! 最高!

マサヤ!、マサヤ!
かすれた、声にならない声。喉頭を振わせる。    
「マサヤ」は、フィリピノ語で「幸せ」って意味なのよ。

立小便を終えた雅也が近づいて来たわ。また始まるのね。
私の腰を後ろから抱きかかえ、怒張した灼熱の塊りをジュルリ。
そして、何度も何度も激しく突き上げてくるの。

いいぃ~! いいぃ~!! もっとお! もっとお!!

股間の亀裂、愛液で濡れ濡れ。子宮の内部、発熱してうずき出す。
私、うれしくてうれしくて。乱れて乱れて。気が遠くなりそう。
ズキュ~ン。ズキュ~ン。一段と強く、後方下からの激しい銃連射。
その衝撃の度に、新宿の夜景が私の網膜に刷り込まれていくの。

アァ~ン、アァ~ン。マサヤ!、マサヤ! 幸せよ!

涙ボロボロ。喉の奥から漏れるうめき。
陶酔と言うのかしら。恍惚というのかしら。
何もかもが満ち足りていて。いつ死んでもいいわ。
私の人生のクライマックス。


東京に来て雅也と過ごしたこの1年。私の人生の宝石の時間だったわ。
生まれてきてよかった。生きていてよかった。雅也と出会えてよかった。
マサヤァ! マサヤア! 愛してる!

私は予感するの。
幸せの絶頂にいた。輝かしい青春を満喫した。絶対に忘れない。
この後の人生、つらいことがあるわ。きついこともあるわ。
でも、この思い出さえあれば、きっときっと生き抜いていける。

雅也になら、すべてが見せられる。
私の恥ずかしいところ、醜いところ、汚らしいところ。
全部全部、さらけ出すことができる。何もかもすべて。
だって、雅也を深く深く信じているんだもの。

雅也とのセックス。タブーはなしよ。
私、我慢のできない、淫らな女になってしまうの。
だらしなくて、はしたなくて、欲張りで、いやらしい女よ。
そんな私がすっごい快感。
仕上げは、雅也と私が合一して昇華するの。

雅也! 愛してる!
神様! ありがとう!

私、こんなに幸せでいいのかしら。
魂が震えるように歓び、肉体が痺れるように泣いている。              
怖いわ。怖いわ。

わかっているつもり。
人の世はいつまでも繁栄し続けないことを。最高潮を迎えれば必ず衰退が始まることを。どんな強固な城も必ず滅びることを。
幸せの絶頂があれば、悲嘆の愁嘆場もやがてあることを。

全てを受け入れるわ。へこたれたりしないわ。
私には、胸の奥に仕舞い込まれた『至福』のバックグランウンドがあるんだもの。





               ・・・・・・・・★2・・・・・・・・
内野忠雄は夕食を終えて、7時のニュースを視ながらくつろいでいた。風呂に入ろうかと思ったとき、固定電話が鳴る。この時間、固定電話はめったにかかってこない。洗い場で食器を洗っていた妻、美智子がゆっくり歩いて電話に出る。妻は普段はあまり感情を表に出さない。その妻が声はひそめているが、興奮した声で何か言いあっている。嫌な予感が走る。
「えっ、それどういうこと!」
妻が声をあらげる。
「勉学の途中でしょう。絶対に許しませんからね」
声が一オクターブ高くなる。
妻の顔が怒気で赤くなっている。
「ええ、ええ。それで・・・」
「あなた、今まで何をしていたのよ。ちっとも連絡くれないで・・・」
「ママ、ショックで何も考えられないわ。お父さんと話して・・・」
半泣きになっている。

「あなた、雅也からです。ちょっと出てください」
「そうか」
「変なことを言ってます。聞いてやってください」
涙の滲んだゆがんだ顔で受話器を内野に渡す。
「おう、雅也か。元気でやってるか」
「元気だよ。父さん。ご無沙汰です」
「まったくだ。お母さん、泣いてるぞ。何を言ったんだ」
「じゃあ、回りくどいことは言わない。俺、赤ん坊ができたんだ。だから、結婚する」
「・・・・・」
絶句した。単刀直入な切り口上。電話の内容だけでなく、雅也の一方的な強い口調にも驚いた。昔の雅也からは想像できない。息を整える。
「驚いた。で・・、相手はどんな子だ」
「同じ大学で学んでいるフィリピーナだよ。3日前、女の子が生まれた。相手の女性リサと結婚する」
「馬鹿にするな。何の相談もしないで・・・」
腹が立って怒鳴りつけたかった。が、逆上したらこちらの負け。なんとか冷静さを保つ。
「反対されるのはわかりきっていた。でも、反対しても無駄だよ。この決意はどんなことがあっても変わらない。男としての責任があるからな」
「何を粋がっているんだ。お前、まだ親のスネをかじっている身だろ。甘えるんじゃない」
「覚悟はできている。父さんの世話にはもうならない。二十歳を過ぎているんだから、立派な大人だ。結婚するのに親の許可はいらない」
「そういう法律的な話をしているんじゃない。このままじゃ、お前の将来がメチャクチャになる。日本に帰ってきて、学問をするにしても就職するにしても不利になる。馬鹿な事をするな」
「だから、嫌なんだ。何でも思い通りにしようとする。俺は父さんの人形じゃない! もう父さんの敷くレールには乗らない!」
「雅也、お前、何時からそんな偉くなったんだ」
「やっぱり話しても無駄だった。父さんはいつもそうだ。俺の意思など少しも尊重しない。よくよく考え抜いた末の結論だ。俺の思い通りにする。事後だけど、とにかく報告だけはしたからね」
「仕送りはもうしないからな。そこまで言えるなら、自分の食いぶちは自分で稼げ」
「わかっている。リサと二人で働くつもりだ」
「お前、学業を放棄するのか」
「そうだよ。食いぶちは自分で稼げといったのは、そっちだろ」
「勝手にしろ」
「ああ、勝手にするよ」
「お前、フィリピン人の女に騙されてるんだろ」
「父さん! 言って良いことと悪いことがあるんだ! リサはそんな女じゃない。リサのことを侮辱したら、たとえ、親父であっても絶対に許さないからな! 孫ができたんだ。少しは喜んでくれると思ったのに。無駄だった。もう切る!!」
雅也の怒りが、電話回線越しにビンビン伝わってきた。憮然とした。
もう日本にいた頃の素直で御しやすい雅也じゃない。雅也も簡単に折れないだろう。強情なところもある奴だ。
怒りと情けなさで受話器を置く手が震えていた。




              ・・・・・・・・★3・・・・・・・・
父と息子の決裂。当面は修復不能。
内野は動転していた。あの内気で心優しい雅也が激しく反抗した。雅也が成長した証しとも捉える事もできた。が、そんな余裕はない。ショックで立ちくらむ。
妻には何も言わず、妻の方を見ないようにしてふらつきながら自室に入る。明かりもつけずにベッドに腰を下ろし頭を抱え込む。
パソコンのモデムの灯りとビデオ・レコーダーの時刻の文字盤の灯りがチカチカと瞬くだけ。遠くで聞こえる救急車のサイレン。外の通りを歩く家族連れの明るい声。
静かな室内で心を落ち着かせても、雅也の非難が耳にこだまする。
「俺は父さんの人形じゃない! もう父さんの敷くレールには乗らない!」

今となっては遠い思い出となってしまった穏やかだった頃の親子関係。内野は振り返っていた。
私は雅也の言うような道理にはずれた父親だったのか。思い当たる節があった。
息子の理解者を装っていたが、息子の専制的抑圧者だったようだ。形の上では息子と何でも話し合って解決するようにはしていた。が、話し合いは茶番。民主的な形だけを取った上意下達の儀式。自信たっぷりの語気と鋭い眼光で圧力をかけ、催眠をかけたように私の意に沿う発言を引き出した。若者を手玉に取るのは学生達で慣れていた。
従順な息子は、ほぼ私の意向通りに動いてくれた。私の考え、価値観を理解し尊重していると勘違いしていたようだ。
息子の中に反抗心が芽生え、どす黒いマグマとなって貯めこまれて渦巻いているなどとは少しも気づかなかった。
留学をしたいと言い出したときも、何よりも私と離れて生活したかったのだ。留学先などどこでも良かったようだ。
「お前、留学を希望しているんだって」
「うん、他の国の文化を体験して自分に幅を持たせてみたいんだ」
もっともらしい理由を伝えてきた。
「そうだな。親元を離れて一人で生活し自立心を養うのはいいことだ」
「今ひとつ、伸び悩んでいる英語力にも磨きをかけたい。英語で論争できるくらいになるという目標を持っている」
「英語力はその気になれば日本にいたって身につく。留学という名でただ遊んできても意味がない。卒業後に進む道を考えて、留学先を選んでみろ」
「うん、今、いろいろ調べているところなんだ」
「国際関係の仕事をしたいんだったよな。それなら、欧米ではなくアジアの国という選択肢もある。第三世界を肌で感じておくのもいいかもしれない。人間的にも成長するだろう。若いんだ。目先のことだけを考えるな。急がば廻れということもある」

そして、自立心をつけた息子に実際に直面すると、このザマだ。息子の人格なんぞ露ほども認めていなかった。自己矛盾もはなはだしい。自分勝手だと思った。


内野は東京の私立大学で国際関係学を教えている。
人種・文化に偏見のない進歩的自由主義的思想の持ち主。というのが世間一般の評価。自分でもそれを正当な評価と自惚れていた。
が、偏見のない人権的思想家は仕事の上での建前。心の深層では貧乏な者、教育のない者を侮蔑し軽んじていた。
育ちの良さを誇りにしたお坊ちゃん。貧乏な暮らしや下品な人間は生理的に受け付けなかった。駄馬の気持ちなどサラブレッドにはわかるものか。心の中では開き直っていた。
が、社会的にはそんな本音をおくびにも出さないように細心の注意を払った。極めて差別的で傲慢な人間。それが内野教授だった。

学識者としての肩書きと経歴で鷹揚な態度を周囲に取り続けた。が、専門の世界を離れれば赤子同然の世俗的知恵。陰口を叩かれ軽蔑されていた気もする。妻に引きずられて世間体というものを必要以上に気にし、外と内を使い分ける二重人格。そのことに取り立てて矛盾も抵抗も感じていなかった。鈍感で小心な、幼児性を残した世間知らず。それも内野教授だった。

だから、息子からフィリピン女性と結婚すると報告を受けたとき、内野は信じられなかった。激怒した。息子は自分と同じ価値観を持っていたはずだ。
欧米の女ならまだいい。東南アジアの女の血を家族に入れるなど、もってのほかだ。議論の余地はなかった。よりによってその女に女の子が生まれたというではないか。
孫の誕生を祝う人間的な気持ちになるどころか、逆上して飲めない酒を飲み、夜の巷で珍しく荒れ狂った。
育て方をめぐって妻と責任をなすりつけあい、珍しく大声で罵り合った。どこが尊敬されるべき学識者だ。笑ってしまうよな。

「私があれほど反対したのに、あなたがフィリピン留学を許可なさったからですわ。お友達の手前、私はアメリカかイギリスに行って欲しかったのに」
「留学先は雅也が選んだんだ。お前、あのとき雅也に何も異議を唱えなかった」
「始めて雅也があなたの意向に背いて決定したことよ。そんなこと、できる雰囲気じゃなかったわ」
「お前の監督責任がなっていなかったからだ。一度もフィリピンに行こうとしなかったじゃないか」
「あら、あなた、私に一度もフィリピンに行くようにおっしゃらなかったわ。おっしゃても、あんな汚くて危険なところ、私、行かなかったと思いますけど」
「何が、あんな汚くて危険なところだ。行ったこともないくせに。推測でものを言うな」
「よく言うわよ。あなたが心の中で私と同じように思っているのはわかっていてよ」
「他人の心の中がわかるわけないだろ」
「わかりますわよ。何年、あなたと連れ添っていると思いますの」
「もう、いい。問題はそんなところにない。なんとか結婚は止めさせなければならない」
「私も絶対に認めませんことよ」
「フィリピンの女なぞに、絶対に家の敷居をまたがせない。安心しろ」
息子に裏切られた腹いせに内野は意固地になっていた。
「その言葉、お忘れにならないでください。わたし、恥ずかしくて、お友達に顔向けできないわ。フィリピンの女の人って、身体を平気で売ったりするそうよ」

妻との間は冷めきっていた。が、積極的に別れる理由は何もない。別れるプラスマイナスを考えると、圧倒的にマイナスの方が大きい。
典型的な家庭内別居、仮面夫婦。人前で仲の良い夫婦を演じるのも、お互いが納得済み。連れ合いには愛情を感じてはいなかったが、相愛のカップルを演じていること自体は心地よかった。そのときだけは気持ちが一致していた。どこかの演技賞にも該当する迫真の演技。

対照的に、二人だけでいるときは、愛情のない事務的な会話と皮肉で冷たい視線がすべて。
が、他にこれといった望ましい選択肢が見当たらない。世間体のため、惰性で一緒に暮らしている。それでいいじゃないか。世の中の夫婦も我が家と似たり寄ったりだろうと、自分に都合よく思い込んでいた。
あと十年もして歳を取り人間が丸くなれば、あるいは、息子に孫でもできれば、もっと穏やかな日々が訪れるかもしれない。妥協と平安の日々を願望していた。

「とにかく、雅也を日本に帰らせろ。仕送りはもうするな」
「わかりました。そうします。でも、雅也のことが心配ですわ。他に手はないのかしら」
「変な慈悲心は起こすな。兵糧攻めが一番効果がある」
「生まれた赤ちゃん、私達の血を引いているのよ。それを思うと可哀そうで。涙が出てきちゃうの。私、引取ってもいいんですのよ」
「それには私も異存はない。女には慰謝料をたっぷり払う。まずは別れさせることが先だ。その上で引取ることも考えていこう」
「私、その女の人、迎え入れてもいい気もし始めてるんですのよ。私達さえ我慢すればいいんですから」
「馬鹿言うな。女の思う壺だろ」
「でも・・・」
「お前は肝心なところでいつも挫折する。もう決めたんだ。金を送らなければ、直に帰ってくるさ。雅也はそこまでタフではない」


兵糧攻めは効果がなかった。
父親は息子を過少評価していた。

「あなたと雅也が仲違いしてから、もう3年になりますわ」
「思ったより骨のある奴だ。雅也を甘く見過ぎていた」
「私、たまに電話で話をしていますのよ。雅也、観光ガイドまがいのことをして働いているらしいわ。でも、お金にならないってこぼしていました」
「あの国で割りのいい仕事が簡単に見つかるものか。自分の撒いた種だ。苦労すればいい」
「あなた、冷た過ぎると思いません? 今までは連れの女の人が稼いで生計を維持していたみたいなのよ。雅也も必死なんですわ。あの子、人一倍、プライド高いですから」
「快適な生活を支えていくって、どんなに大変なことか、思い知ればいいんだ」
「私、最近、心配であまり眠れないんです。雅也と孫のクリスちゃん、ちゃんと食べているのかしらって考えたりして」
「くだらんことを心配するな」
「赤ちゃんのミルク代。少し援助しても良いかしら?」
「雅也がそう頼んできているのか」
「いいえ」
「じゃあ、駄目だ。甘えさせればつけ上がる」
「あなた、この3年で何も学習していないのね。この膠着状態から二人ともそろそろ抜け出す時期ですわ。こういう結果になるなんて、あなたの判断、間違っていたからよ」
「そうだな。その点は私も認める。申し訳ない。雅也がすぐ音をあげて泣きついてくると思っていた」
「そうよ。雅也を見くびり過ぎたわね。でも、うれしいことよ。雅也って、意外と根性がすわった子なのよね」
「苦労して、一回り人間が大きくなっているんだろうよ」
「性格がひねくれていなければいいですけど。仲直りに向けてこちらから信号を送るべきですわ」
「勝手にしろ」
「あなたって本当に往生際が悪いんですから。やせ我慢はもうやめましょうよ」
「うるさい。だから、勝手にしろって」
「じゃあ。ミルク代、送りますからね」
「勝手にしろ」
「勝手にしろとしか、言えないのね。はいはい、わかりました」
[PR]
# by tsado11 | 2013-05-27 23:59 | 至福の時間

至福のとき(その2)

              ・・・・・・・・★4・・・・・・・・
5年過ぎた。
歳月は、愛しているのに素直になれない者達の思惑など一顧だにしない。神との約束を遵守する。冷厳に時を刻んでいく。

「あなた、雅也から、今日、電話がありましてよ。将来の生活に展望が見られないので、一度日本に帰ってくるそうよ」
「そうか。それもいいだろう。学業はどうなっているんだ」
「断続的にだけど、なんとか勉強は続けていたみたい。英語とフィリピノ語はほとんど不自由なく使えるようになったそうよ。だけど、学費を払うのはもう経済的に無理ということです」
「ほう、そうか。で、女も一緒にくるのか」
「女って言い方、ひどくありません? もう結婚していること、認めてあげましょうよ。私は一緒でもいいのだけれど。雅也一人ってことよ」
「そうか。そうじゃなきゃ、許さない」
「もう8年もたっているんですよ。クリスちゃんも8歳。まだ許せないんですの。あなたって、本当に頭が固いのね」
「女はすぐヒヨる。お前は思想の虚弱な日和見主義者だ」
「男は面子ばかり気にしているわ。貴方こそ時代の流れに取り残された頑迷な保守主義者なのよ。そろそろ現実を受け入れる必要があってよ。それが人の道のような気がしますけど」
「お前に説教される言われはない」
「雅也と奥さん、なんだか仲違いしたみたいなの。それで、一人で戻ってくるそうよ。でも、娘のクリスと離れ離れになるのを苦しんでいるみたいなの」
「言わないこっちゃない。そうなると思った。貧すれば鈍す。うまくいかなくなるものだ」
「あなた、自分には責任のないような、付き離した言い方なさるのね。客観的に冷静に言っているつもりでも、私にはそうは聞こえませんことよ。もう変なこだわりを捨てて歩み寄るべきじゃないかしら。昔は仲の良い親子だったんですもの・・・」
「古き良き時代と言ってな。過去は美しく見えてくるものだ」
「どこでボタンをかけ違いたのかしら。あなたも内心、仲直りを望んでいることくらいわかっていますわよ。たった一人の息子ですもの」
「知った風な口を叩くな」
「はいはい、わかりました。でも、普通の親子関係に戻るチャンスなのですよ」
「好きにしろ」
内野は妻に図星をさされて動揺していた。もうプライドなど、どうでもよかった。素直になれない自分に嫌気がさしていた。息子の顔を見たかった。息子の声を聞きたかった。
「息子の愛している人を、私たちも愛してあげましょうよ」
妻が最後につぶやくように言った言葉を、何も反論せずに、そっと胸の奥に仕舞いこんだ。


「内緒にしていましたけど、雅也、時々日本に帰ってきて働いていましたのよ」
「薄々感じてはいた。で、おまえ、雅也と会っていたのか」
「母親ですもの、もちろん会っていましたわ」
「そうか、私だけが爪はじきにされていたわけだ」
「逆ですわ。あなたが私たちを爪はじきになさっていたことよ。なら、雅也のことをどうして私にお聞きなさらなっかったの」
「私の顔を立てて雅也が頭を下げて来るのが筋だ。私から折れるつもりはない」
「あら、顔だの筋だのって。あなた、やくざだったの?」
妻に皮肉っぽく言われると、また意地を張りたくなっていた。自分の性格を恨らめしく思った。

リサは、持ち前の美貌を糧にして水商売で稼いでいた。この国で手っ取り早く生活費を得るにはそれしかない。雅也にしてみれば、まさにヒモ状態。はがゆさと恥ずかしさでいたたまれない状態が続いていた。

母が孫娘のミルク代と称して、夫に内緒で、相当額の仕送りを開始し経済的には楽になっていた。が、その頃から雅也夫婦の間が微妙にこじれ始めたのは皮肉だった。貧していたからこそ、お互いを思いやり、絆が揺るがなかった面もあったのだ。

経済的援助を雅也は潔しとはしなかった。
それで、この5年、雅也は時々日本に帰ってきていた。働くために。いうなれば、妻子のために日本に出稼ぎにきていたわけだ。後半は妻との葛藤から逃げていた節もあったが。
友人の住まいに身を寄せながら、主に関東周辺の建設現場で肉体労働をしてお金を稼いでいた。

「ママ、フィリピンでは思い通りに稼げないんだ。『観光ガイド』と名前はいっぱしだけど、客の要望に合わせて女の子を紹介したり、女衒まがいのこともしたりしなければならないし。ほどほど嫌気がさしていたんだ」
「まともな仕事ではないわね。苦労したのね」
「で、日本に出稼ぎにいくというフィリピン人の友人に紹介してもらって、日本に帰って一緒の現場で働いてみた。やはり、僕、日本人だね。精神的にも楽だった。実入りも格段によくなった。フィリピノ語ができるので、会社の人にも重宝された。肉体を酷使することも、身体は疲れはするものの、充実感を味わうことができた」
「どうして杉並の家に泊まらなかったの?」
「お父さんとあんな状態では、泊まれるわけないじゃないか。僕の負けを認めるようなものだ」
「雅也、負けとか勝ちとか言っている時期じゃないでしょ。お父さんも内心は後悔しているのよ。もう、お互い素直になりましょう」
「父さんがリサに謝って、リサとクリスを受け入れてくれたら、僕はいつでも仲直りするよ」

 ありがたいことに、雅也は自由にフィリピンと日本を往復できる。自嘲気味に表現する「日本への出稼ぎ」が数か月単位で何度か続くうちに、リサと一緒に過ごす時間も会話もが少なくなった。不信感も生まれはじめ、雅也夫婦の間に亀裂が走るようになった。

「雅也、あなた、日本で、昔の恋人と会っているんですってね」
リサは、さりげなく切り出した。
「・・・・・。用事があって何度かは会った。誰から聞いた、そんなこと」
否定すればよかったのだ。純な性格が裏目に出た。嘘をつくのが嫌だった。誰が言ったか、見当はすぐついた。
「それで、うれしそうに日本に帰っていくのね。クリスを置いて」
皮肉な調子で言い放って、リサは後悔した。
「リサだって、僕のいないときは、あの男とおおっぴらに会っているみたいじゃないか」
雅也が、すかさず、反撃する。
「あの男って、誰よ」
「お前が心酔しているエミリオだよ」
言った後、雅也も後悔した
「あなたが一番知っていてよ。エミリオがどんな男か。恥ずかしく思わないの」
「ごめん。言い過ぎた」
「言って良いことと悪いことがあるのよ」
「だから、ごめんと、謝っているだろ」
本当に言ってはいけないことを言ってしまった。でも、ずっと心の奥でくすぶっていた思い。リサが愛しているのはエミリオで、性格も雰囲気も似ている雅也はその身代わりではないのか。それを口にすることはリサとの間ではタブーだったのに・・・。

2歳年上のエミリオと雅也とリサは学生時代から親しい仲間としてつきあっていた。一緒に飲んだ。一緒に議論した。一緒に旅行にも行った。一緒にスポーツも楽しんだ。雅也はエミリオから、フィリピンについてたくさんのことを学んだ。国は違っていたが、出自の良さが二人を結びつけた。リサと仲良くなったのもエミリオを通してであった。
エミリオはナイスガイ。良いところの息子。頭も切れ、成績もよく。性格も謙虚。付き合っていて、男でも惚れ惚れするような侠気があった。が、政治的には急進的な思想の持ち主。その辺の危険な雰囲気も周りの女性達の心を引き付けた。リサもその一人であった。

雅也の不在で、リサの心の中のエミリオがずんずん大きくなっていっても何の不思議もない。
リサが政治にのめり込み始めたようだった。雅也は必死にリサに警告し続けたが、リサは聞く耳を持たなかった。それが、雅也とリサの不仲に拍車をかけた。

「リサ、お前達、爆弾闘争に手を染め始めたと耳に入ってきたけれど、本当なのか?」
昔、エミリオと仲がよかったが、袂を分けた男からの情報だった。
「嘘よ、そんなこと。誰からきいたの。ウィリーでしょ。あの男、いい加減なことを言いふらしているんだから。私達は正体が知られたときが殺(や)られるときなのよ。彼はもう粛清の対象になってるわ。命が惜しかったら、故郷のバコロドで静かにしていればいいのにね」
恐ろしいことを平気で言う。眼には狂気の光が宿っているように感じられた。雅也はもうリサとはやっていけないと思った。
「命の危険にさらされているのは、お前達だろ。リサ、クリスのことを少しは考えろよ」
「お説教はたくさんよ。大事の前の小事でしょ」
「リサ、お前・・・・」
二の句が告げなかった。リサはすっかり変ってしまった。
「フィリピンの絶望的な貧富の差を前にして、私達、前衛は何もできずにいるのよ」
「誰かかが大地主層の喉元に匕首をつきつけておく必要があるのよ。それが私達なの」
「雅也、貴方も知り過ぎてしまったわ。日本に帰った方がよくてよ」
「僕もそうしたくなっている。そのときは、クリスも連れていっていいかな」
「よくてよ。クリスもその方が幸せよね」
「今は、ママとコーラにまかせているけど、雅也、私に何かがあったときはクリスをよろしくね。お願い」
覚悟はもうできているんだ。そして、母親の心をまだ失っていない。雅也は、始めて温かい気持ちになった。いずれにしろ、しばらくフィリピンを離れようと雅也は決心していた。

「宗教も立場もまるっきり違うんだけど、ニューヨークの貿易センタービルに激突した戦士達の心意気は評価する必要があるわ」
「力の差が圧倒的にある、巨大な敵と戦うには、まともなやり方では効果が上がらないのよ」
「そのうち、太平洋戦争の大日本帝国の神風特攻隊に学ぶと言い出しそうだな。勘弁してくれよ」
「雅也、話をチャカさないでよ。私達、真剣なんだから」
「わかった。でも、もっと穏やかに体制内で社会を変えていく方法もあるだろう」
「雅也は、いつも、そう。体質がズッポリとぬるま湯に浸かっているんだから。そんな考え方でいると、いつの間にか、大地主層に飼いならされ、走狗になっているのよ。掃いて捨てるほどの歴史が証明しているでしょ」
「・・・・・・」
「ちっぽけな私達で社会を変えられるとなんか、思っていないわ。私達は革命意識を次世代に受け渡すのが使命なの。民衆の蜂起を彼らに託すのよ、そのためには、この命を犠牲にしてもかまわない」
「エミリオは好きだけれど、彼の政治思想だけは断固否定する」
「エミリオがあなたの政治思想を変えられなかったように、あなたもエミリオの政治思想を変えられないわ」



陶芸教室で帰り支度をしていたとき、美智子の携帯に電話がかかってきた。
「お母さん、雅也です」
「あら、雅也。どうしているの。元気なの」
「元気です。今、日本にいるんです」
「えっ、そうなの。どこにいるの」
「埼玉県の志木というところ。建設現場で働いているんです」
「ママ、今、新宿に出ているのよ」
「ちょっと会って、話をしたいんだけど・・・」
「もちろん、いいわよ。何時?」
「できたら、これから。休みは今日くらいなんだ」
「うれしいわ。どこで会う?」
「これから、僕が新宿に行きます。場所は、昔、皆でよく行ったタカノ・フルーツ・パーラー。1時間くらいはかかります。だから、4時ジャスト」
「わかったわ。午後4時、タカノね」

美智子は、日焼けして逞しくなった息子を見て、せつない気持ちにさせられた。
「ママ、僕、このままではフリーターになってしまいそうだ。日本の大学に戻って大学を卒業しようと思っている。家に戻っていいかな?」
「もちろんよ。お父さんの方は私が説得するわ。お父さん、一人息子に背かれて、口には出さないけど、相当にまいっているわ。でも、一応、頭だけは下げるのよ。もう大人なんだから。それくらいはできるわよね」
「ママ、僕はもう子供じゃあ、ないよ」
「奥さんと娘はどうするの?」
「リサとはすれ違いが多くて、実はうまくいってないんだ。だから、当面は一人で帰ってくる」
「いろいろあったのね」
「リサは自立した女性なんだ。いろいろな意味で僕のような世間知らずのガキの手におえるような女性じゃない。言い憎いけど、考え方が大きく隔たってしまった。僕たち、離婚するかも知れない。で、そのとき、クリスを日本に連れてきていいかな。リサとの間では一応話はついているんだ」
「もちろん、大歓迎よ。ママ、クリスちゃんに早く会いたいわ」
「利発な良い子だよ。ママもきっと気に入ってくれる。教えたら、何でもすぐに吸収するよ」
美智子の眼が生きがいができたかのように輝いた。





         ・・・・・・・・★5・・・・・・・・
フィリピンから帰って家に落ち着いてからも、雅也は精神的に不安定だった。父親には、帰国の報告をした後、ほとんど顔を合わせることもなかった。母親を通し一応の手打ちをしたといっても、煙たいことには変りない。無意識に食事の時間を父親と外している自分に気づき思わず苦笑いしたほどだった。

内野は、雅也とリサの破局を聞いて、我が意を得たりとばかり喜んだ。その上機嫌が雅也の地雷を踏んだようであった。雅也は臍を曲げた。
7年間も続いた、父子の断絶状態は、少しも変わらなかった。同じ家に住んでいても心は通わない。父親も息子も相変わらず頑なだった。必要な会話もすべて美智子経由。他に意思疎通の回路は見当たらなかった。内野対美智子&雅也。1:2の構図も変らなかった。

母の手料理の遅い朝食。昔と少しも変らずおいしい。雅也は、フィリピンに行く前と同じように、母親とは何でも語り合うことができた。甘えることもできた。
よるべを失くした息子にとって、母親は特別な存在だった。すべてを受け入れてくれた。

「ママ、僕、やはり南国呆けしているのかな。時間を決めて何かをやるということが超苦手になってしまったようだ」
「あら、すぐ几帳面な雅也を取り戻すわよ」
「それにしても、クリスのことが気になって駄目なんだ。昨日も電話で話していて涙ぐんでしまったよ。来月の電話代、跳ね上ると思うよ」
「大丈夫、大丈夫。そんなこと、気にしないの」
「リサのやつ、クリスを日本に連れていってもいいと言っていたのに、今になって渋っているんだ」
「ママは、母親の気持ち、わかるわよ。もう少し時機を待ちましょう。クリスちゃんも望んでないかもしれないし」
「リサは、ある政治闘争の中心にいるんだけど、そちらの方が小康状態で落ち着いているみたいなんだ」
「へぇ~、リサさんって、女性闘士なんだ。ホホホ」
「ママ、笑い事で済まされないんだよ。闘争にかかわっているときの彼女は血も涙もない鋼鉄の冷血女さ」
「雅也もとんでもない女性に惚れてしまったのね」


フィリピン女を忘れさせ、気持ちを安定させたい。
内野夫妻が取り仕切って、雅也の昔のガールフレンドの慶子と雅也を、半ば強引に婚約させた。
慶子は、リサと知り合う前の息子の恋人。伊豆の資産家の娘。雅也がフィリピンで結婚したのを知って、横浜のお嬢さん大学を卒業後、対抗するかのように結婚し、一児をもうけた。が、わがままな性格がたちまち破局を呼び、実家に出戻って下田にある実家のホテルを手伝っていた。コブ付きのバツイチ同士の、気心の知れたカップル。
フィリピンから帰ってからは、時々会って一緒に食事をしたりはしていた。が、二人の間は少しずつずれ、微妙な空気が流れ始めていた。

雅也は遠い南の国の出来事を自分でも忘れようとしてがむしゃらに学業に専念し、首尾よく大学を好成績で卒業。大学院に通っていた。
大学院の修士課程を修了次第、どこかの大学の博士課程に進むか、あるいは、国の研究機関に就職し、慶子との結婚も挙行する手はずを整えていた。
慶子は、一枚も二枚もむけて逞しく成長した雅也を崇敬の念を持って、愛そうと努めていた。が、貧困の修羅場をくぐり抜けてきた雅也には、華やかではあるがお嬢様育ちののほほんとした慶子が物足りなくなっていた。昔のように、同じことで笑いあったり感動したりできなくなっていた。
慶子は、雅也のその心変わりにも似た冷たさを我慢できず、もう受け止めきれないと婚約解消を考えていた。会えば抱いてはくれたが、昔のように情熱的ではない。

横浜元町の洒落たイタリアンのレストラン。昔と同じ温かい微笑をたたえた雅也に慶子は不満げに問い質した。
「雅也、あなた、変ってしまったのね。私、何を考えているか、さっぱりわからないわ」
「時間が立ち、経験を重ねれば、人間は変るものさ。でも、慶子は昔と同じ慶子だ。その辺は感嘆に値するよ」
「雅也、あなたに何があったの。大勢の女と情事してきたからって、私は少しも妬かないわ。でも、あなたをここまで変えてしまった女の存在がちらつくのよ。その女には嫉妬してしまうわ。私と正反対の女のような気がして。女の動物的勘よ」
「慶子、君の言う通りだよ。僕は燃えるような恋をした。結婚した。そして、女の子をもうけた。その女のせいでこんなになっちゃったんだ。ごまかしなんかしないよ」
「フィリピンの女の人って、男を虜にする手練手管に長けているみたいよね。私の留学していたカリフォルニアでも、何人もの真面目な白人学生がひっかかっていた。もうメロメロで見てられたもんじゃなかったわ。何がそんなに良いの? セックス?」
欧米志向の南アジア蔑視。答える気にもならなかった。
「私達、もう、無理みたいよね。でも、私は雅也にすごく魅力を感じているわ。昔の子供の雅也よりずっと引き付けられている。あなたさえよければ、このまま結婚しちゃってもいいのよ。パパにも援護射撃、頼めてよ」
出世という無言の圧力をかけ、わがままで自分本位の生活。
ぞっとした。
「でも、破局は眼にみえている。お互いもう歳だ。慶子のためにも、バツ2だけは避けたいな」
「じゃあ、もう少し様子をみましょう。それより、今夜、昔みたいに激しく私を抱いて。すべてを忘れさせて。お願い、雅也」
「ああ、頑張るよ」
[PR]
# by tsado11 | 2011-10-20 17:45 | 至福の時間

至福のとき(その3)

                 ・・・・・・・・★6・・・・・・・・
フィリピンで同じ大学に通っていた日本人の友人、大阪出身の長谷川から、いつものようにまじめなのかふざけているのかわからない声で電話がかかってきた。
「おい、内野。お前、元気にしてっか。ステファニーが日本にタレントとして出稼ぎに来ているの知ってるか。ステファニーがお前に会いたがっている」
ステファニーはリサの妹。フィリピンでは同じ家に住んでいた。雅也がリサの家に入ったときは、まだステファニーは10歳。雅也の膝の上に乗ったり、肩に跨ったりしてまとわりついていた。雅也はいやがりもせず、遊んでやっていた。
気の強いリサとは正反対の性格。背が高く敏捷で男の子ように活動的であった。が、おっとりとしていて優しく、性格的には弱さも感じさせた。癒し系の女性。リサとの仲がうまくいかなくなってからは、苛立つ気持ちを、10歳近くも年下のステファニーに、どんなに慰めてもらったことか。家の中で毎日顔を合わせ、何でも話し合える間柄であり、いつの間にか心に通じ合うものが芽生えていた。
ハイスクール時代のステファニー、雅也に惹かれ雅也のことを思ってぼおっとしていることも多くなった。姉の夫で結ばれることはできないと思うと、心が苦しくなり、人知れず悩んで涙したこともあった。
そのステファニーも今は16歳。子供だ、子供だと思っていたら、2歳、歳をごまかして来日し、タレントとして男達の心を弄んでいるんだ。雅也の胸を苦々しい思いが駆け巡った。俺は嫉妬しているのだろうか。雅也は自分自身の心の乱れに戸惑った。

「どこで働いているか、知ってるのか? 大阪か?」
「それが違うんやな。東京の中野のフィリピンクラブだそうだ。お前のところの近くやろ」
「中央線で、わずか駅二つだ。そんな近くにいたのか。驚いた」
「今度、一緒に行ってみるかい」
「もちろん、行く。行く。というか、なんでお前と行く必要があるんだ。なんというお店だ。俺、一人で行くよ」
「そんな言い方、ないだろ。教えるのやあ~めた」
「そういえば、お前に5000ペソ、貸したままだったよな。チャラにしてやる。教えろ。でなければ、お前と絶交だな。中野のフィリピン系の店、全部、回ってもいいんだ。そんな手間、とらせるなよ」
「しょうない。教えたるか。中野ブロードウェイを外れたところにある『ブーゲンビリア』というお店だそうだ。ステフ、お前に教えないで、俺に教えたってことは、俺に気があるってことか。涎が出て止まらないくらい良い女になっていたぞ。プレゼント攻勢で俺の女にすっか」
相変わらず、チャカした言い方しかできない男だ。
「アホンダラ。お前だけはやめておけって忠告しておくよ」
ステファニーがいつでも会える距離にいる。雅也の胸の中を温かいものが流れていく。

午後7時をまわった。雅也は中野ブロードウェイを歩いている。場所はインターネットで検索しておいた。見当はついている。ステファニーに会えると思うと、心は昼間から夢を見ている。通り過ぎていく人も景色も目に映らない。歩いているのに歩いているという実感がない。お腹が減っているような気もする。昼飯、夕飯を食べたのかどうかも覚えていない。
ビルの地下を降りたところにある『ブーゲンビリア』の入口の前で、大きく深呼吸。入るのがためらわれる。二呼吸ほどついてドアのノブに手をかける。
雅也は、フィリピンパブとかフィリピンクラブとかという類のお店に入るのは始めてだった。いくらくらいかかるのかも検討がつかない。全財産をかき集め、適当な口実を作って母親に2万ほど借りてきた。ネットの情報では大丈夫だろう。ドアを開ける。
「ぃらっしゃいませ」
「ぃらっしゃいませ」
営業用の色とりどりのドレスを着たホステス達が通路に集まってきて並んでいる。お辞儀しながら声ををあわせて挨拶をする。みんな美形。スタイルもいい。が、ステファニーを見つけるのは難しくなかった。後ろから三人目。他の女性達を押さえて一際輝いている女性に眼がいく。それがステファニーだった。
一瞬、眼をやると、ステファニーが信じられないような顔をしている。
黒服に、席まで案内され、腰をおろす。間違いなく、ステファニーだ。幸せだった。
「御指名はございますか」
「いやあ、今日始めてなんだ。でも、さっき、しっかり見てきたよ。あの背の高い白いドレスを着た子、抜群だった。あの子にしてくれないか」
「ステファニーですね。お客さん、お目が高い」
驚いたことに本名で出ていた。嘘の嫌いなステファニーらしい。
「ステファニーっていうの、あの子。人気があるの?」
「ええ、若くて優しくて上品で、今、当店一押しの子なんですよ」

ほどなく、ステファニーが、顔中を笑いでクシャクシャにして隣りの席に座った。お絞りを渡される。
「お兄さん、久し振り。会いたかった」
泣きそうな声に聞こえた。感情が極まっている。
「ステフ、俺もだよ」
「私、お兄さんに会いたくて東京に働きにきたのよ」
雅也のハートを揺るがせた。
「ステフ、お前・・・」
余計な言葉など、出てこなかった。ただ潤んだ瞳の奥を覗くだけ。それで十分。ステファニーの気持ちがジンジンと伝わってくる。
「長谷川さんが女の子の働く場所を手配していたの。大阪を勧められたけど、東京の新宿じゃないと行かないと言ってみたの。お兄さんが新宿の話をたくさんしてくれていたから覚えていたわ。そしたら、こねたダダが通っちゃった。新宿に近い中野にしてくれたのよ」
「なんだ。長谷川の奴、タレントのリクルーター、やっているのか。一言も言わなかった。あいつも喰わせ者だなあ」
「お兄さんの顔を見て、ステフ、元気が出た」
眼からあふれ出た涙を他人に気づかれないように拭いながら、ステファニーはハイビスカスのような笑いを向けてきた。抱きしめたかったが、ここでは場違い。しっかりと手を握るだけにした。
「俺も、ステフの顔を見て、元気が出たぞ」
「うれしい。これからは何時でも会えるのね」
「何時でも会えるさ」

「お兄さん、何、飲む?」
「ステフ、俺、こういう店、始めてなんだ。安いものにしてくれ」
「まかしといて」


「お兄さんの住所と電話番号、ステフ、聞いとくの忘れちゃってた。あの頃は東京に来るとは少しも思わなかったんだもの」
「そうだよな。昼、長谷川から聞くまで、ステフが東京にいるなどと夢にも思わなかった」
「それに、リサ姉さんには怖くて聞けなかった。リサ姉さん、私が日本に行くこと、反対だったし。コーラ姉さんに電話して聞き出してもらおうと思っていたところなの」

翌日から、二人は時間を作っては逢うようになっていた。
雅也の日々は、ステファニーとデートしているか、勉強しているかになった。生き生きとした張り合いのある生活。顔にも態度にも出ているみたいだった。

「雅也、最近、明るくなったわね。何か良いこと、あったの?」
「ママ、彼女ができたんだ。今度、紹介するからね。家に連れてきていいかな」
「もちろんよ。楽しみにしてるわ。いきなり、連れてこないでよ。おいしいお料理でもてなすんだから。大学の人? それとも、お友達の紹介? 合コンだったりして」
「ハハハ。どれも違うな。古い知り合いなんだ。でも、ママは始めて会う女性だよ」
「じゃあ、結構、お歳を召した方なのね」
「残念、ハズレだね。それが若いんだ。まだ16歳。ママ、ビックリしないでね」
「何よ、それ。どうやって知り合ったか、見当もつかないわ。雅也が選んだんだから間違いないわよね。楽しみだわ」
「お父さんには秘密だよ」
「もちろんよ」





                  ・・・・・・・★7・・・・・・・
雅也とステファニーは、地方から出てきた学生のように、六本木、赤坂、青山、表参道、お台場、渋谷・・と、東京の主だったデートコースを歩きまわった。行くのは、お金のかからない安いお店だけ。まるで貧乏学生のデート。雅也は東京案内をするつもりでいた。が、二人で歩き回る街並みは始めて来た場所ように新鮮。ステファニーと同じ心、同じ眼で、大都会東京の魅力を満喫した。テンエージャーのようにウキウキした気持ちで、つまらないないことにも感嘆している自分がおかしかった。

家庭教師のバイトを、二つから三つに増やした。余計な出費を切り詰め、食事も全部、家で済ますようにした。
ステファニーとのデートがスムーズにいくように、時々お店にも顔を出さなければならない。ステファニーとのデート代も馬鹿にならない。ステファニーが自分でも払おうとしたが、それだけは固く拒んだ。
「駄目だよ、ステフ。その分、クリスとリサに仕送りしておくれ」
食べるのはファーストフード店。飲むのは居酒屋。
高級なレストランやムードのあるバーなどめったに入らない。

東京メトロ・麻布十番駅のそばのマクドナルドで買ったハンバーガーと珈琲を持って六本木ヒルズの公園に座る。
「フィイピンではマクドと言うよね。日本ではマックと言うんだ」
「なんだか味が違うわ。気候のせいかしら。日本のマクドナルドの方がおいしいのよ」
「理由は簡単さ。二人で分け合って食べているからだよ」
「そうよね。はい、あ~んして」
ステファニーはハンバーガーをちぎって、雅也の口に入れる。
「珈琲が飲みたい。君の腰を抱いて両手がふさがっている。口移しで飲ませてくれないかなあ」
「誰か見ているわよ。恥ずかしいわ」
「かまうもんか。見せつけてやればいいんさ」
「とかなんとか言って、雅也、顔が少し赤いわよ」
「ステフのツバ入りの珈琲、脳天に突き抜ける! 意識が混濁してくるよ。酔っ払っちゃう。何故だ? やし酒のこと、確かフィリピノ語でツバっていうんだったよな。ステフの口移しだと珈琲も熟成されてやし酒になるってか」
「何よ、それ。意味わかんない」

東京ミッドタウンの中のレストラン街。入口のメニューの値段を見て、二人で顔を見合わせる。
「ちょっと、私達向きじゃないわよね」
「ミッドタウンの外に出ようか」
東京メトロ・乃木坂駅に行く途中にラーメン屋があった。一杯650円。納得する。
誘引されるように店に入って腹ごしらえ。
「腹が減っては戦ができぬじゃ」
「なによ、それ。意味がわからない」
「お腹がすいていたら、戦うことができないってこと」
「雅也、今夜、戦うの?」
「そう、戦いたいなあ。ステフと」
「えっ、ステフ、戦ってもいいわよ」
「でも、とても大切なこと、もう少し、取っておきたいなあ」
「雅也に任せるわ」
「それにしても、六本木でラーメンか。なんか冴えないなあ」
「でも、おいしかった。にんにくをたっぷり入れた醤油ラーメン、こたえられないわ」
「それにしても、ステフ、にんにく、入れすぎだな。でも、ステフの食べっぷりをみていると、余は満足じゃ」
「何よ。余って、どんな意味?」
「私ってこと。フィリピノ語のアコ。殿様、侍のボスの言葉だよ」
「私、俺、僕、あたい、オイラ、あっしに、余か。日本語は同じ意味の単語が多すぎる」
「同じ意味じゃないよ。男言葉や女言葉。身分の上下。仕事の種類。それぞれ、ニュアンスが違っていて、使いわけるんだよ」
「俺には難し過ぎるわ」
「なんだい、それ」
ステファニー、雅也の首に手をかけ、顔を寄せてくる。
「ステフ、口、ちょっと臭いんだけど」
「余は、雅也とキスをしたくなったぞ」
「わかった。我慢する。ミッドタウンの中庭、暗かったよな」
「余は、今夜、雅也と戦いたくなったぞ」
「拙者も、一戦、交わえたく候。でも、わちきは今夜も我慢するでありんす」
「何よ、それ。意味、わかんない」

赤坂サカスでは、一ツ木通りの天丼屋。
「私、日本の天丼の大ファンになっちゃったぞよ。安くておいしいんだもの」
「天丼様々だなあ。こちらの財布に思いやりのある食べ物だ」
「食べた後、キスしても問題ないしね」
「フィリピンで天ぷらを食べたけど、皆、ベタっとしていたもんな。こんな風にカラっとあがっていないよな」
「雅也、ベタっとしたキスと、カラっとしたキス、どっちが好き?」
「難しい質問だなあ。ステフのなら、ベタっとしたキス。天ぷらなら、カラっとしたキス」
「何よ、それ。意味、わからない」

渋谷、道玄坂の居酒屋。
ジーンズ、Tシャツ姿の化粧をしていない素顔のステファニー。落ち着いた真面目な東南アジアの留学生にしか見えない。若者の多い街に馴染んでいる。それでも、ステファニーが入っていくと、そこは異空間。ほろ酔いの男どもの視線はステファニーに釘付け。雅也は、目立ちすぎるのも困ったものだと思いつつ、どこかほこらしい自分に困惑していた。
「ステフ、君がいると、男は皆、振り返る。僕は売れっ子モデルを連れまわしている色男の心境だ。君は素顔なのに、男達はどうして、皆、君を見るのかな」
「あら、私、お店でもほとんど化粧しないのよ。それに、私、雅也に会いに来たんだもん。お客様に媚を売ったりしないわ。でも、皆、私を指名するのよ」
「妬けるなあ。ステフ、僕が稼げるようになったら、すぐに仕事をやめてくれ。そして、阿佐ヶ谷で一緒に暮らしてくれないか」
「もちろん、そのつもりだったわ。でも、事情が少し変ったの。ママは療養中だし、リサ姉さん、胸を患って今入院してるのよ。だから、リサ姉さんとママの病院代、子供達の生活費。送金はしなくてならないの。やっぱり、お仕事、続けちゃ、駄目?」
「それはステフの役割ではなくて、僕の役割だ。二人の生活費を削ってでも頑張ろうよ」
そうは言ったものの、マニラへの仕送りには、雅也の稼ぎだけでは足りそうでもなかった。妻に水商売をさせるのは、絶対、避けねばならない。リサのときで十分だ。同じ間違いを繰り返してはならない。

毎回、毎回、素晴らしく楽しいデート。マニラの家族を思うと、幸せの絶頂にある自分達が怖かった。
「私、毎日が充実していて、とっても楽しいわ。時々、リサ姉さんやギリギリの生活をしているマニラの家族を裏切っているような気がするのよ」
「そんなこと、考えるのはよそうよ。今、東京にいるのは僕達二人なんだから。リサはリサで、マニラで楽しくやっているよ。ママたちもステフの送金、喜んでいるよ。マニラはマニラ。東京は東京。と割り切ろう」
姉の目から自由な日本。元妻の目を気にしないですむ日本。なのに、どこかでやましさが追いかけてくる。リサのことを考えると、雅也に苦々しい思いが走る。
「僕も、もちろん、悪かったけど、ある意味で、リサも僕を裏切ったし・・」
「そうよね。エミリオのこと。私もすごく腹が立ったわ。でも、二人にどんどんやれやれって気持ちもあったのよ。矛盾しているわよね」
「リサが男の子を産んだのを知ったとき、本当は、ほっとしたんだ。解放されたという感じ。何からの解放だったのかよくわからなかったけど。そのとき、既に、ステフのことが心の中にあったのかもしれないな」
「お兄さん、本当? ステフ、うれしいわ」
「中野のお店で、ステフが眼に前に現れたとき、僕はステフを愛していると確信したんだ」
「リサ姉さんがクリスの弟を産んだとき、私、お兄さんと結ばれてもいいと思うようになったの。それで、日本行きのタレントを募集しているのを知ってすぐに応募したの。ダンサーを本格的に練習したのは3日だけだったけど、通っちゃった」
「ステフ、音楽があると、毎晩、踊っていたものな。あれ、楽しみだった」
「楽勝、楽勝。私、リズム感いいし、スタイルも抜群だものね。へへへ」
「しょってやがる。でも、僕が審査員でも、一目みて合格のスタンプ、押したよな」
「だろう。お兄さん」
「ステフ、そろそろ、僕のこと、そのお兄さんと呼ぶの止めてほしいなあ。なんだかリサとの過去を引きずっているような気がして」
「そうよね。私も同じ気持ちがしていたわ。リサ姉さんが呼んでいたように、雅也って、呼んでいいわよね」
「望むところさ」

「でも、私、リサ姉さんがわからなくなったわ。私がこちらに来てから、エミリオと別れて、新しい彼氏、作ったって言うし。女の子を産んだって言うし。その子を、クリスが世話しているみたいなのよ」
「時間が立てば、人の気持ちなんて変ってしまうのよ。僕達もこんな風になっちゃったもんな。でも、それを聞いて、リサにすまないという気持ち、なくなった気がする。もう僕達、大手を振って楽しもうよ」
「そうね、雅也。今夜、朝まで抱いて。戦おうよ」
「そうだな。もういいよな。よっしゃあ、今夜は戦うぞ!」

「雅也、私、ハイスクールのとき、男の子達とよろしくやっていたの知っているわよね。だから、処女じゃ、ないからね」
「僕によく相談したものな。結構、妬いていたんだぜ」
「私、雅也の反応、見てたのよ」

深く愛し合っているものが、身体を寄せ合えばキスにすすみ、キスをかわすようになれば身体を求め合うようになる。自然の摂理だ。

渋谷の百軒店裏の連れ込みホテル。繁華街の外れの汚い安いホテルだったが、そんなことは問題ではなかった。二人が抱き合える場所であればどんなところでもいい。そこは、肉体が衝突し、魂が響きあう、阿鼻叫喚の戦場に変貌する。
若いということは素晴らしい。
最初の交わり。二人でじゃれあってシャワーを浴びる。今まで貯めていたものを、鬱憤をはらすかのように叩きつける。荒々しく攻撃し激しく迎撃する。情緒のない獣の交尾。
2度目。相手の身体の動きにあわせ微妙に反応し優しくせめぎあう。調和が支配する。男は放射する。女は放射された感覚に満ち足りる。
3度目。互いの股間に顔を埋め激しくしゃぶりあう。男に跨っていきり立ったものを女の内部に収め、女が上から攻める。女が肉体的にイク顔を下から眺め、男は精神的にもイク。感動する。
4度目。男のしぼんだものを女は、あの手この手で、手でしごき舌で吸い込み、そう、あの手この舌で、怒張させる。突入。男が上から激しく重機関銃の乱射。振動でベッドが悲鳴。女も意味不明の悲鳴。
5度目。一休み。入れたままの甘い囁き。男は熱いキスをしながら、乳房を揉む。女は首筋にかじりつき、戦果のキスマーク。泣いている。やがて、緩やかに怒張。小刻みの激しい下半身の動き。暴発。内部でそのまま収縮。
6度目、7度目、8度目。もう回数など、意識の外。体力の続く限り、全身全霊で相手に立ち向かう。反応する。男と女を伝えあう。疲れが見えてくる。身体が痺れる。身体が重くなる。時間の感覚がなくなる。
気がつけば朝になっている。

渋谷駅に帰る途中の珈琲店で向かい合う雅也とステフ。モーニング・セットをパクついている。燃料切れ寸前。空っぽの胃に、とにかく、燃料を流し込む。
ステファニー、生欠伸をかみ殺している。
「ステフ、眠そうだなあ」
「あら、雅也、はれぼったい目をしてるわ。家に入るとき、ママに顔を合わさない方がいいわよ」
「ステフも自分の顔、見といた方がいいぜ」
「私、そんなにやつれた顔してる? 朝帰りだもんな。皆に何か言われそう。朝まで飲んじゃったとかなんとか言って、すぐベッドにもぐりこまなくちゃ。お店の時間まで、ゴウゴウ、イビキかいて寝てやるんだ。爆睡って、言うのか」
「今日一日。睡魔とだるさとの闘いだな。明日まで、レポート1本、書かないと駄目なんだけど、眠らないと無理だな。僕も夕方まで爆睡だ。深夜になってからメール、入れるからね」
「それまで、メール、入れても、返せないわ」

二人は、会うときは同じ歳の学生そのもの。じゃれあい、笑い合い、いつも身体を触れ合う。見つめ合い、一緒にいるだけで、世界は薔薇色。楽しくて時間はあっという間に過ぎ去った。

離れているときは、デートを反芻してはニヤニヤしてしまう。
「雅也、何、ニヤニヤしているの? 気持ちが悪いわ。変な子」
「ちょっと、彼女のこと、思い出しちゃってさ」
「あらあら、羨ましいこと」

ステファニーらタレントが5人ほど、寝泊りしている古いマンションの一室。
「ステフ、何、ニヤニヤしているのよ。気色悪い」
「エヘヘ。彼のこと、思い出しているだけよ」
「妬けるな! ステフの彼、素敵だものなあ」


雅也もステファニーも東京の幸せな時間に有頂天になっていた。
新宿西口の夜の公園のベンチ。
二人が何時ごろから愛し始めていたのか、フィリピンのことを思い出しては語り合う。抱き合い、見つめ合い、キスをする。そして、また、語り合う。

「私、雅也の寝ているとき、あきもしないでじっと寝顔を見ていたのよ。あるとき、コーラ姉さんに気づかれてあたふたしたわ」
「俺もそう。ハイスクールの生徒だった君の寝顔をいつも盗み見ていた。コーラの寝顔は見たいとも思わなかった。コーラも相当な美人なのになあ」

「ハイスクールのとき、失恋したと言っては雅也の所に慰めてもらいにいったわね。ほとんどが嘘。雅也に優しい言葉をかけてもらい、抱かれて背中をさすられていたかっただけよ」
「もてない子じゃないのに、変だとは思っていたよ。けど、僕も君に触りたかった。いけないことをしているようで、胸がときめく時間だった。でも、一度、身体の変調の悩みを相談されたときはまいったな。英語でどう説明すればいいか、焦ったよ」
「ああ、あれ、あの前にコーラ姉さんに相談して納得していたのよ。ただ、雅也の反応が見たかったの。あのときの雅也、今、思い出しても傑作」

「私、雅也に着替え中、素っ裸を見られたことがあったわよね。コーラ姉さんとふざけて鏡の前でポーズを取っていて。顔から火が出て裸の身体が焼け落ちるくらい恥ずかしかったのよ。でも、始めて見られた男が雅也でうれしかった」
「君のあの美しいヌード、1ヶ月くらい眼の前にちらついてたまらなかったよ。身体の奥の方が熱くなっちゃって。君の顔がしばらくまともに見られなかった。本当に美しかった。この子を絶対自分のものにするんだと思うようになっていた」

「私、雅也の食べ残したもの、食べかけたものを喜んで口にしていたわ。コーラ姉さんの食べ残しなんか、汚くて食べられなかったのに」
「僕も君が食べていたものをふざけた振りをして奪い取って食べていたよね」
「コーラ姉さん、気がついていたのよ。どうして雅也が私の食べ物に手を出して、コーラ姉さんのものには手を出さないか、気にしていたのよ」
「コーラ、意味なく、自分の食べかけを僕の皿に入れてきて、困ったことがある。反応を見ていたんだ」
「コーラ姉さん、もうわかっていたのよ。私達が愛し合い始めていたのを。でも、リサ姉さんには何も言わなかった」

「私、私のすぐ後に雅也がトイレに入るのが嫌で、雅也がいるときはトイレにいかなかったのよ」
「今は、目の前で、平気な顔して、トイレをするくせに。ステファニー、変り過ぎだよ」
「あら、大の方はしないわよ」

「お母さんがよく言ってたのよ。リサ姉さんは父方の祖母そっくり。私は母方の祖母そっくり。コーラ姉さんはその折衷なんだって。雅也、どっちのおばあさんが好き?」
「ステフ、そんなこと、聞かなくてもわかるだろ。母方のおばあちゃんだよ」
雅也はステファニーをきつく抱きしめてキスをする。ステファニーも力を入れてキスを返してくる。
[PR]
# by tsado11 | 2011-10-20 17:40 | 至福の時間

至福のとき(その4)

                    ・・・・・・・★8・・・・・・・
東京の中心部を一通り、デートしつくした後、二人は雅也の家の車で、郊外をドライブするようになった。湘南の保養施設、奥多摩のバンガロー。西伊豆のレスト・ハウス、千葉の鴨川の民宿、箱根の国民宿舎・・。
二人は、遠出すれば、一、二泊して帰るようになっていた。雅也以上に身体を合わせる歓びをステフは感じるようになっていた。
ステフ、助手席から雅也の股間をさすりながら、
「昼は美しい日本の自然を眺めて、夜は雅也と燃えるのよね。最高!!」
「僕は、昼は美しい日本の自然を眺めて、夜はステフの美しい顔と美しい裸を眺めるんだ」
「あら、燃えないの?」
「ステフの燃えてる顔を眺めて、燃えるんだ。隣りの部屋に声が聞こえないように、必死に声を抑えているステフの表情なんか眺めると、燃えるなんてもんじゃない。炎上してしまうよ」

ステフには旅館の寝巻きが小さすぎる。激しい上下運動で汗が吹き出た上半身はいつもはだけている。
やがて絶頂の瞬間を迎える。
「ステフ! イク、イク、イク、イクウ!」
「雅也! ゴクラク、ゴクラク、ゴクラクウ!」
雅也、放出。緊張感が緩む。ステファニーも雅也にしがみついていた手を離す。
「ステフ、さっきのゴクラク、ゴクラクって、あれ、何だよ」
「あら、この前、一緒に温泉に入ったとき、雅也が言ってたのよ。気持ちのいいとき、そう言うんだって、教えてくれたじゃない」
「でも、テンション、下がっちゃうよ。今まで通り、カム、カムか、死ぬ、死ぬにしてほしいな」
「ねえ、ところで、ゴクラクって、何のこと?」
「キリスト教の天国かな。考えてみれば、死ぬ、死ぬに通じるんだ。でも、やっぱり、ゴクラク、ゴクラクは断固、拒否。ステフ、もう使うなよ。快感が絶頂から急降下してしまうんだ」


「雅也、私、できたみたい」
会うなり、ステファニーが青ざめた顔で言った。
「えっ、何が?」
「決まってるじゃない。赤ちゃんよ。いつまでもナニが来ないから、妊娠検査薬で調べたの。陽性反応が出ちゃった」
「ステフ、本当か? すっごくうれしいよ」
「喜んでくれるの?」
「もちろんさ」
「明日、お医者さんに行って、正式に調べてもらおうよ。僕がついて行くから」
「なんだか、リサ姉さんに悪い気がして・・」
「まだそんなことを言っている。リサは関係ない。愛し合っているのは、僕とステフじゃないか」
「でも・・」
「リサは、エミリオの子供を産んだ。ステフが僕の子を産んで、何が悪い」
「ステフ、今日は祝杯だ。高くておいしいお店に連れていくぞ」
「うれしい。お腹、ペコペコ。高いもの、好きなだけ、食べてもいい? 二人分、食べるわよ」

「今年になってから、コンドーム、使わなくなったものな。ごめん。ついつい、ない方が気持ちいいもんだから」
「謝らなくていいのよ。コンドームなしは、私の希望も強かったんだから」
「私、快感には貪欲でしょ。寸前に抜き取って、体外放出なんて、無理があったのよ」
「やっぱり、生身の放出は、お口の中だけにしておけばよかったわね」

「来週の月曜日、ステフを僕の家に連れていってママに紹介するからな。妊娠の結果は、その頃はもう出ているよな」
「妊娠のこと、話すの?」
「それは、いくらなんでも、早すぎる。しばらくは伏せておこう」
「でも、怖いわ。ママ、私のこと、受け入れてくれるかしら?」
「ママは楽しみにしているよ。でも、派手めの化粧はしないで。服装も露出度の低いものにしてよな」
「わかってるわ。フィリピンでも同じよ。第一印象が大切なのよね」
「普段のステフを出せばいいんだよ。それで、ママ、安心するよ」
「いつものように、もりもり食べていい?」
「いいさ。びっくりされないように、もう報告済み」
「雅也、ひどい」
天真爛漫なステフ。きっと、ママも喜んで歓待してくれるだろう。





                    ・・・・・・・・★9・・・・・・・・
「雅也、ここんところ、すごくケチになったみたいね。デート代、足りないんでしょ」
「ばれたか。ママは騙せないなあ」
「もう、家でデートしたら。早く連れてきなさいよ」
「わかった。ママ。来週の月曜日のお昼、連れてくる」
「ママ、その子に会って、驚かないでね」
「どういう意味? 何か隠しているみたいね。おいしいランチ、作っておくわ。その方、何がお好きなの? 和食系? 洋食系?」
「何でもよく食べるよ。健康そのもの。ママ、食べっぷりに惚れると思うよ。僕もそうだったもの」
「へぇ~、今時の子には珍しいわね。ますます、楽しみだわ」
「卒倒されるといけないから、今から白状しておくよ。その子、フィリピン人なんだ」
「なんだ。フィリピンで知り合った子なの?」
「知り合ったというか、一緒に暮らしてた」
「えっ、雅也、不倫していたわけ?」
「そうじゃないよ。その子、リサの妹。だから、クリスのおばさん。小さい頃から知っているんだ」
「どうして、その子が恋人になっちゃったの」
「毎日、顔をあわせているうちに、いつの間にか、愛し合うようになっていたんだよ。特に僕とリサの間がうまくいかなくなってから。だから、不倫とか、そんな言葉に当てはまるような関係じゃないよ。東京に来るまでキスもしたことがなかったもの。ステファニーっていうんだ。ステフって呼ぶけどね。ステフ、胸がつぶれるような思いでマニラにいるのが我慢できなくなったんだって。で、日本で働くホステスに応募して、大胆にも僕に会いに東京に来ちゃったってわけ。今、中野のクラブで働いている。そこは、僕が働くようになったらすぐに辞めてもらう。僕はステフのいない人生なんて、もう考えられない。ママ、その辺のところ、理解しておいて。心配ばかりかけるけど」
「全然よ。楽しみが増えたわ」


「ママ、こちらがステファニー」
「あら、いらっしゃい。雅也のママよ。始めまして。ランチ、作っておいたわ。さ、入って、入って」
ステファニー、そのまま、家の中に入っていく。
「ステフ、日本の家に入るときは靴を脱ぐんだよ」
「ごめんなさい。そうだったわね。知識としては知っていたんだけど。私、緊張しているみたい」
「いいのよ、ステフ。一つずつ、覚えていけば良いことよ。あら、ステフって呼んでいいわよね。私のこと、ママって言ってくださる。本当のママだと思っていいのよ」
「はい、ママ」
「あら、娘ができたみたい。いい感じ。私の方があがっちゃうわ」
ママとステファニーは始めて会ったときから和やか。波長があったようだった。

「ママ、ステフ、どうな印象だった?」
「良い子ねえ。物怖じしなくて。素直で。好きになれそうよ」
「物怖じしないっていうのは当たっているけど、素直でっていうところは多分すぐ崩れるよ」
「でも、第一印象を正直に言うと、雅也、ステフがマニラで胸がつぶれる思いでいたと言ったけれど、あの胸がつぶれるのって感じよね」
「ママ! 面白くない冗談、言うなよ」


ステファニーは阿佐ヶ谷の家に来たときは、雅也の部屋にいることが多かった。
半同棲状態。ママもステファニーを既に嫁として扱っていた。
夜、内野が帰ってきても、そのまま雅也の部屋に泊まっていったことも何度かあった。
雅也も母親も、ステファニーの存在がバレた時点で内野に紹介しようと開き直っていた。
自分の蒔いた種と言えばそれまでだが、内野は完全に無視されていた。


「東京のパスタって、マニラのパスタに比べると段違いにおいしいわ。何故なんだろう。ママ、パスタの作り方、教えて。ママのパスタ、日本でも最高だもの」
「ステフ、そういうの、日本の言葉で、お上手を言うっていうのよ」
「ママ、お上手、言ってない。本当のことだもの」
「でも、ステフに食べてもらうと、作りがいがあるわ。本当においしそうに食べるんだもの。うちの男共ったら、腹を満たすためのエサなんだから。ステフを見習わせたいわ」
「でも、私の姉達に言わせると、私の食べ方って。上品じゃないんだって」
「オホホ、そうね。当たってるかも。いいのよ。雅也もそうだったみたいだけど、ママ、ステフの食べっぷりに惚れちゃったわ。料理人泣かせよ。ミス・タベップリというのがあったら、絶対、グランプリ。保証するわ」
「でも、雅也が言うのよ。すごい食い意地だって。ママ、食い意地って、何?」
「そおねえ、食べることに対する情熱かな。いいのよ、そんなこと。雅也も意地が悪いわね」
「あら、また、イジ? 日本語、難しい!」
「ステフ、落ち着いたら、近くの日本語学校に通ってみたら」


「ママ、ステフ、行きたいところあるの。連れてって、いただけないかしら?」
「あら、珍しい。雅也じゃなくて、私と行きたいの?」
「昔、何かで読んで、ずっと行きたいと思っていたの。だって、気持ち、良さそうなんだもの。私、気持ちの良いことには貪欲なの」
「どこへ行きたいのかしら?」
「大きなお風呂」
「温泉のこと? それとも、銭湯のこと?」
「雅也に頼んだら。前までは行けても、一緒に中に入れないんだって。歩いて5分くらいのところにあるから、ママに連れていってもらいなだって」
「あら、銭湯のことね。いいわよ。今日、行く?」
「でも、水着、持ってきてないわ」
「何、言ってるのよ。温水プールじゃないわ。スッポンポンで入るのよ」
「えっ、スッポンポンって、何?」
「何も着ないこと。パンティーもブラジャーもなし。生まれたままの裸で入るのよ」
「恥ずかしい! そんなのできるかな。ママ、男の人にジロジロ見られて平気なの?」
「何、言ってるの。男の人と女の人は別のところに入るのよ。だから、雅也は一緒に入れないの」
「よかった。でも、女の人にでも、スッポンポン、見られるの、恥ずかしいかなあ」
「慣れちゃえば平気よ。隠さず、何もかもさらけ出すのよ。その開放感、癖になるかもしれないぞ」
「いいわ。挑戦。挑戦」
「じゃあ、後で行くわよ」
「でも、疑問。バクラはどちらに入るの? バクラって、フィリピノ語でオカマのことよ」
「そうね、考えたこともないわ。オチンチンがついていれば男湯かな。オチンチンがなければ女湯かな。あら、はしたない。私としたことが。何を言わせるのよ。この子ったら」
「バクラはどちらに入るって、社会的取り決め、ないの?」
「日本のオカマさん、銭湯になんて入らないのかもしれない。まだ社会的にあまり認められていないのよ」


銭湯の番台には、70近くのおじいさんが座っていた。
おじいさんでも、男は男。ステファニー、見えないところでママの真似をして服を脱ぐ。
石鹸類とタオルを一枚持って、お風呂の洗い場に入っていく。ママは下の茂みを隠すのに、ステファニーは乳房を隠している。
「あら、嫌だ。ママと一番恥ずかしい部分が違うみたい」
「本当ね。文化って、違うものなのね。簡単に、どちらが優れているとか、劣っているとか、決め付けてはいけないものなのね」
ママは自戒をこめて、言葉を選ぶ。
昔はフィリピンに先入観を持っていた。ステファニー一人と接するだけで、それもすっかり変ってしまった。私がマニラに行って、リサと話をするべきだったのね。クリスをこの手で抱いてやるべきだったのね。苦い思いがこみ上げてくる。

ママ、ステフの裸をしげしげと眺めて、ため息。
「本当によく発達したわねえ。神様って、不平等だって、つくづく思うわ」
「姉達が皮肉るのよ。頭の方もこの半分でも発達すればよかったのにねえって」
「並みのボインちゃんでは、ステフの横に並ぶと貧相に見えるわ。でも、これからが大変よ。食事に気をつけて、運動しないと、ただのデブになっちゃうからね」
ママは、釘を刺すことも忘れない。


「ステフ、ママ、行きたいところがあるんだ。今度、ママとデートしてくれないかな?」
「えっ、どこ、どこ? もちろん、いいわよ」
「隅田川の花火大会よ。屋形船に乗って、川の上から花火、見るのよ。一度、行きたかったんだけど、一人で、なかなかねえ」
「わっ、最高に面白そう。行く、行く。絶対に行く。雅也はどうするの?」
「どうしようか。前に誘ったときはあっさり断られたのよ。泣いて頼んだら、連れてってやろうか」
「雅也に、泣いて頼めって言っとくわ」
「そのとき、浴衣で行こうと思うんだ。ステフ、この際、浴衣、作ってあげるから。サイズ、測らせてね。私が縫うのよ」
「うれしい! ステフ、一度、浴衣、着たかったの」
「でも、ステフくらい胸とお尻に迫力があると、浴衣、似合うかしら。心配だわ。浴衣って、胸が小さくて柳腰の女性が似合うのよ」


「そうね。花火見物の前に浅草観光しちゃおうか。ステフ、浅草に行ったこと、ある?」
「ないわ」
「じゃあ、いっちゃおう。浅草見物して、おいしいもの、食べようよ」
「うれしい!帯、締めて、草履、履いて、歩くのよね。カキ氷、食べて。冷やしラーメン、食べて。ザルそば、食べて。くるくる回る寿司、食べて。いいわよね。ママ。わくわくしちゃうわ」
「また、すごい食欲ね。ついていけないわ」

「ここ浅草寺というのよ」
「センソウジ? センソウのお寺なの? 戦争で亡くなった人のお寺?」
「違うわよ。アサクサのテラと書いて、音読みするとセンソウジになるのよ」
「音読みって、何?」
「ステフ、やっぱり、日本語学校も通ったら。食文化は十分過ぎるくらい学んでいるようだから、今度は日本語ね」
「ウワッ、面倒くさそう。ステフ、あんまり、頭、よくないんだ。姉さん達が言うのよ。神様が、頭の方を手抜きして、その分、胃の方を頑丈に作ったんだって。だから、私のせいじゃ、ないからね」

浅草寺のお賽銭箱の前。
「わあ、凄い煙。ここで、何、するの?」
「ステフ。100円、入れて、手を合わせ、願い事するの。皆の様子見て、真似すればいいわ」

「ママは、何をお祈りしたの?」
「ステフと仲良く、暮らせますようにって」
「ステフは?」
「私も同じ。ママと仲良く、暮らせますようにって。それともう一つ。赤ちゃんが元気に育ちますようにって」
「えっ、ステフ、そうなの?」
「あっ、いけない。雅也が、そのうち、言うことになっているんだった」
「何よ。意地悪ね。秘密にしてたんだ。雅也、とっちめてやるか」

「お寿司、冷やしラーメン、カキ氷、よく食べたわね。お腹の方、大丈夫?」
「快調よ。まだまだ、入るわよ」
「後、何、食べるんだっけ」
「ザルそば!」
「じゃあ、そこのおそば屋さんに入ろう」
そば屋に入ってステフ、まず雅也に帯を緩めてもらう。
「ステフ、おそばって、音を立ててすするのよ。ちょっと。お行儀、悪く感じるかもしれないけど。おそばのときはいいのよ」
ママ、音を立てて、そばをすする。
「ステフ、できる?」
「できるわよ」
ステフ、隣りの雅也に耳打ちする。
「こんなの簡単よ。だって、いつも、雅也にやってあげてるもん」
「シーッ、ママに聞こえる」
「何よ、また、二人で内緒話。今度は、どんな秘密?」
「あのね。ママ、ムムムッ・・」
雅也、ステフの口を押さえる。
「ステフ!」
雅也、ステフのお尻をつねる。
「痛い!」
「ママ、雅也がいじめる!」

浅草観光も一段落。隅田川を屋形船に乗って花火鑑賞。
「花火を大空に見て、涼風に吹かれて、おいしい料理食べて、生ビール飲んで『ゴクラク、ゴクラク』よね」
ママ、おいしそうにジョッキを傾ける。
「ママ、雅也がね。『ゴクラク、ゴクラク』って言っちゃいけないって言うのよ」
「あら、どうして?」
「あのね、ムムムッ・・」
雅也、あわてて、ステフの口を押さえる。
「ママ、なんでもない。こちらのちょっとした話」
「あら、また隠し事。余計、聞きたくなったわ」
「ママ、今度。教えてあげる」
「ステフ!」
雅也、ステフのお尻を思い切りつねる。
「痛い!」
「ママ、雅也がいじめる!」
「何、さっきから、二人でジャレあっているのよ。やっぱり、雅也、連れてこなければよかったわ」

船の中。ステフ、慣れない浴衣に足を崩し、苦しそうにしている。
「ステフ、ちょっとだらしないかな。胸がはだけて太股が出てるわよ」
ママは厳しい。
「胸元、きついわ。正座も苦しい。ちょっと緩めてリラックスしなくちゃ。浴衣を着るのも大変なのね」
「ステフ、我慢するのよ」
「姉さん達によく言われたわ。ステフは我慢がたりない。本能のまま、行動するって」
雅也がステフの耳元に口を寄せ、
「でも、一緒にお風呂に入って、ママが言っていた。ステフの裸、女でも惚れ惚れするって」
「えっ、ママ、レスビアンなの」
「なわけないだろ。ステフのボインボインがすごいってことだろ」
「二人、また、内緒話? ママとステフのデートでしょ。もう、雅也は絶対連れてこないからね」
「それから、ステフ、ママはレスビアンじゃ、ないからね」
「聞こえてたんだ」


「ステフ、自己紹介するとき、こう言ったら。私、食い意地の張った、セックスに貪欲な女で~す。本当、ステフは、やりたくなったら、どこでも我慢できないんだから」
「あら、この前のお昼、郊外のスーパーの駐車場で、やったこと? 久し振りに雅也の顔を見ていたら、身体の奥の方が熱くなってきたの。それがやりたくなるってこと? 周りに誰もいなかったからよ。でも、パンティー脱いで、運転席の雅也にまたがって、雅也の首ねっこにかじりついて、激しく上下するのって、とても刺激的だった。人が近づいてこないかとドキドキするのもスリルがあったわ。雅也も興奮して鼻息荒かったじゃない」


「ママが隣りの部屋で洗濯物たたんでいるのに、ベッドの僕の上にまたがって動き出したこともあった。僕はステフの声がもれないように、必死で口を押さえていた。あれ、ママ、知ってたと思うよ。気をきかせて、というより、非難の意味をこめて、音を大きく立てて階段を下りていった」
「何よ。その後、雅也、いつも以上に燃えていたくせに」





                    ・・・・・・・・★10・・・・・・・・
「私が一番思い出に残っているセックスは、お店の寮のビルの屋上でやったセックスよ」
「うんうん、あれはよかった」
「雅也が研修旅行でしばらく会えなくなるというので、別れ難くて私を寮まで送ってきたくれたときのセックス。覚えてる?」
「もちろんさ。忘れられないよ。ステフが、始めて獣のように荒れ狂ったセックスだもの」
「あれも、どうしてもって求めてきたのは雅也の方よ。やりたくなったら我慢できなくなるのは、やっぱり雅也じゃない」
「そうかもな」
「夜が更けて新しい日付に変わろうとする時刻だったわ。何もない殺風景な狭い狭い屋上。夜は全く人が上がってこないのに、雅也ったら、念のため、屋上のドアに細工して開かないようにしていたわ」
「上空が無限に開かれた密室が出来上がったんだ」
「あの汚い屋上の密室が、二人のセックスのマンネリ打破には最高の環境になったのよね」
「だったよな」
「7階の寮から運び上げた毛布2枚を敷き、始めは缶ビールを飲みながら談笑していたのよ。なのに、やりたくてやりたくてムラムラしてきた雅也ったら、凄い眼ををしていきなり襲いかかってきたのよ。コンクリートの床の薄い毛布の上に押し倒されたわ。背中がゴツゴツして、痛かった。手荒に衣服を剥ぎ取られ、強姦されているようだったの。いつもと違う雅也に、私、興奮の極み。心臓が早鐘を売っていたわ」
「俺もドッキドキ。知らない女を犯しているようだった」

こうこうと照りつける月の光の中の素っ裸の二人。視覚が刺激されて痛かったわ。淫らな音を響かせてキスをして、狂ったように転げまわって激しく激しく交わって、身体中の穴という穴をしゃぶりあったのよね。

天空の雲の隙間から、神様に見られているような気がして、異常に恥ずかしくもあり、興奮したのを覚えている。夢中で交わったわよね。
現実なのか非現実なのか判断がつかず、夢の世界を彷徨っているようだった。頭の中に絶え間なく花火打ちが上がり、天国にいるのかなと感じていたわ。
今までしたこともないあられもない格好で、何度交わったかしら? 何度注入されたのかしら? 
ぼうっとした頭。ぐったりとした身体。吹きさらしの屋上。汗まみれの火照った裸体を爽やかな風が吹き抜けていく。最高の気分だったわ。

満天の星が輝く屋上セックスは心を解放させる。
私達、子供のようにはしゃいだわよね。
キックボクシングの真似をして、打ち合い、蹴りあい。
雅也のかけてきたプロレスの技で失神しそうになった。
お互いの身体を、つかむ。はさむ。絞める。叩く。噛む。
けど、それもこれも、すべてがすごい快感。
そして、再び激しいセックス。

確かこんな会話をしていたわ。
「ステフ、股を大きく開いて、超エロいポーズ、取ってくれないか? ボインボインのセクシーな裸、眼に焼き付けておきたいんだ。美しくて、妖しくて、艶っぽくて。感動しちゃうよ」
「男の身体も、ものすごくセクシーなのね。翔太の筋肉質の裸、そそり立つ股間。とっても素敵! うっとりしちゃう。いつまでも見ていたいわ」

お互いにポーズに注文を出し合って生まれたままの裸体をあきることなく眺めあっていたわよね。

「雅也、お願い。お馬さんになってくれない? 小さい頃、パパによく乗せてもらったの。あれ、やってみたい!」
四つん這いの雅也にまたがって、お尻を平手でビシビシ。
「もっとスピード、出せ! いい。いい。私が主人。雅也は奴隷よ。右に行け! 止まれ! 左、行け!」
「サディスティックだなあ」
「3歳の女の子の気分。でも、私のあそこが翔太の背中に当たる。感じるわあ。また濡れたきたみたい」

「お腹が冷えたみたい。オシッコが出たくなっちゃた」
「構うことなんかない。ここですればいいだろ。俺、この眼でしっかり見ていてやるよ」

ちょっと恥ずかしかったんだ。我慢していたけれど、それも限界。仕方なく雅也の前にしゃがんで、チョロチョロ漏らしたの。でも、変なの。私のいやらしい姿をすべて見せたいという欲求が湧いてきたの。心の呪縛が解けたみたい。私、中腰になり足を大きく開いて、雅也の目の前で勢いよく飛沫を飛ばしたわ。雅也ったら、フフフ、真面目な顔して穴のあくほど眺め入っていたわ。あげくの果てに、その雅也の顔に、オシッコかけちゃったんだよね。すっごい快感だった。

「雅也、 見て! 見て! 見てえ! もっと見てえ!」
「私は淫らな女。我慢できない女よ。こんな私、好き? 嫌い?」
「大好きさ。いやらしくて下品な女、こたえられないよ」

雅也、すっごく歓んでいるのがわかったわ。
あれからよ。ふしだらで淫乱な女を演じるのが病みつきなったのは。

はしたないポーズは、私の官能も刺激するみたい。
身体中がじっとり濡れてくるの。もちろん窪みはビチャビチャ。
いきり立ったアレが欲しくて欲しくてたまらなくなるの。

翔太も尿意をもよおして、長い長い立小便。
私、鉄製の手すりに頬杖をついて、遠くの新宿高層ビルの夜景をうっとりと眺めていたわ。

「ステフ、月の光の中で照り輝く君のお尻は悩ましい。眺めていると、あっという間に元気回復。もうだめ。ビーンビーンの臨戦体勢さ。突っ込むよ」
いきなり後ろから私の腰を抱え挙げてニュルリときたじゃない。間髪入れず、何度も何度も荒々しく突き上げてきたわ。

アァ~ン、アァ~ン。イイィ~! イイィ~! アァ~ン、アァ~ン。

ズキューン。ズキューン。激しい衝撃が来る度に、夜景が私の網膜に刷り込まれていく。
ああ、この夜景。私と雅也の忘れられない思い出になる。
確信したわ。涙が止まらなかった。

雅也と離れていても、雅也のことを恋しく思う夜はあの夜景が色彩鮮やかに夢の中に出てくるのよ。
そして、涙が出てくるの。胸が切なくなるの。
でも、とても幸せ。
この夜景、私の生きていく力の源泉。私と雅也の絆よ。


でも、最近変なの。
私、淫らな女を演技しているつもりだった。のに、そうでもないようなの。
もっともっと、悦楽をむさぼりたいという欲求が生まれてきているの。
もっともっと、いろいろな男を試してみたいという欲求が生まれてきているの。
もっともっともっと刺激的なシュチュエーションを楽しんでみたいという欲求が生まれてきているの。
私の身体に新しい女が育ってきているみたいなの。
雅也だけでは満足できなくなってきているみたいなの。

私って、真性の淫乱女みたい。
欲張りでふしだらで、いやらしいのは、私の本性みたいなの。
私の中の新しい発見。
怖いわ。怖いわ。怖いわ。
              -----------第1話 終了-----------
[PR]
# by tsado11 | 2011-10-20 17:35 | 至福の時間