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佐太郎、またやる気になっただ。急がず、着実に。


by tsado11

至福のとき(その1)

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             第1話 至福のとき
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             ・・・・・・・・★1・・・・・・・・
心から愛しあう男と女。激しく奔放に、燃え上がる性交。
互いの肉体の合一を強く感じ合えたとき、恍惚の感覚が祝福する。
互いの精神の結びつきを深く感じ合えたとき、至福の瞬間が降臨する。

故国から遠く離れた日本。
新宿副都心の7階建ての古い雑居ビルの屋上。
空調機器や給水タンクが設置されているだけの殺風景な狭い空間。
深夜12時。月の光が私の裸の尻を妖しく艶やかに照らし出している。

私、マニラで鬱々と暮らしていた少女ステフ。
この異国に、今現在、こうして存在していること自体が不思議なの。
この街で女を謳歌していることが奇跡だわ。

鉄製の手すりにつかまって、新宿高層ビルの夜景を眺めているの。
生まれたままの裸にTシャツ一枚をはおっただけ。下半身はむき出し。
終えたばかりの激しいセックスで汗ばんだ身体。
爽やかな風が吹き抜けていく。
気持ちいい! 最高!

マサヤ!、マサヤ!
かすれた、声にならない声。喉頭を振わせる。    
「マサヤ」は、フィリピノ語で「幸せ」って意味なのよ。

立小便を終えた雅也が近づいて来たわ。また始まるのね。
私の腰を後ろから抱きかかえ、怒張した灼熱の塊りをジュルリ。
そして、何度も何度も激しく突き上げてくるの。

いいぃ~! いいぃ~!! もっとお! もっとお!!

股間の亀裂、愛液で濡れ濡れ。子宮の内部、発熱してうずき出す。
私、うれしくてうれしくて。乱れて乱れて。気が遠くなりそう。
ズキュ~ン。ズキュ~ン。一段と強く、後方下からの激しい銃連射。
その衝撃の度に、新宿の夜景が私の網膜に刷り込まれていくの。

アァ~ン、アァ~ン。マサヤ!、マサヤ! 幸せよ!

涙ボロボロ。喉の奥から漏れるうめき。
陶酔と言うのかしら。恍惚というのかしら。
何もかもが満ち足りていて。いつ死んでもいいわ。
私の人生のクライマックス。


東京に来て雅也と過ごしたこの1年。私の人生の宝石の時間だったわ。
生まれてきてよかった。生きていてよかった。雅也と出会えてよかった。
マサヤァ! マサヤア! 愛してる!

私は予感するの。
幸せの絶頂にいた。輝かしい青春を満喫した。絶対に忘れない。
この後の人生、つらいことがあるわ。きついこともあるわ。
でも、この思い出さえあれば、きっときっと生き抜いていける。

雅也になら、すべてが見せられる。
私の恥ずかしいところ、醜いところ、汚らしいところ。
全部全部、さらけ出すことができる。何もかもすべて。
だって、雅也を深く深く信じているんだもの。

雅也とのセックス。タブーはなしよ。
私、我慢のできない、淫らな女になってしまうの。
だらしなくて、はしたなくて、欲張りで、いやらしい女よ。
そんな私がすっごい快感。
仕上げは、雅也と私が合一して昇華するの。

雅也! 愛してる!
神様! ありがとう!

私、こんなに幸せでいいのかしら。
魂が震えるように歓び、肉体が痺れるように泣いている。              
怖いわ。怖いわ。

わかっているつもり。
人の世はいつまでも繁栄し続けないことを。最高潮を迎えれば必ず衰退が始まることを。どんな強固な城も必ず滅びることを。
幸せの絶頂があれば、悲嘆の愁嘆場もやがてあることを。

全てを受け入れるわ。へこたれたりしないわ。
私には、胸の奥に仕舞い込まれた『至福』のバックグランウンドがあるんだもの。





               ・・・・・・・・★2・・・・・・・・
内野忠雄は夕食を終えて、7時のニュースを視ながらくつろいでいた。風呂に入ろうかと思ったとき、固定電話が鳴る。この時間、固定電話はめったにかかってこない。洗い場で食器を洗っていた妻、美智子がゆっくり歩いて電話に出る。妻は普段はあまり感情を表に出さない。その妻が声はひそめているが、興奮した声で何か言いあっている。嫌な予感が走る。
「えっ、それどういうこと!」
妻が声をあらげる。
「勉学の途中でしょう。絶対に許しませんからね」
声が一オクターブ高くなる。
妻の顔が怒気で赤くなっている。
「ええ、ええ。それで・・・」
「あなた、今まで何をしていたのよ。ちっとも連絡くれないで・・・」
「ママ、ショックで何も考えられないわ。お父さんと話して・・・」
半泣きになっている。

「あなた、雅也からです。ちょっと出てください」
「そうか」
「変なことを言ってます。聞いてやってください」
涙の滲んだゆがんだ顔で受話器を内野に渡す。
「おう、雅也か。元気でやってるか」
「元気だよ。父さん。ご無沙汰です」
「まったくだ。お母さん、泣いてるぞ。何を言ったんだ」
「じゃあ、回りくどいことは言わない。俺、赤ん坊ができたんだ。だから、結婚する」
「・・・・・」
絶句した。単刀直入な切り口上。電話の内容だけでなく、雅也の一方的な強い口調にも驚いた。昔の雅也からは想像できない。息を整える。
「驚いた。で・・、相手はどんな子だ」
「同じ大学で学んでいるフィリピーナだよ。3日前、女の子が生まれた。相手の女性リサと結婚する」
「馬鹿にするな。何の相談もしないで・・・」
腹が立って怒鳴りつけたかった。が、逆上したらこちらの負け。なんとか冷静さを保つ。
「反対されるのはわかりきっていた。でも、反対しても無駄だよ。この決意はどんなことがあっても変わらない。男としての責任があるからな」
「何を粋がっているんだ。お前、まだ親のスネをかじっている身だろ。甘えるんじゃない」
「覚悟はできている。父さんの世話にはもうならない。二十歳を過ぎているんだから、立派な大人だ。結婚するのに親の許可はいらない」
「そういう法律的な話をしているんじゃない。このままじゃ、お前の将来がメチャクチャになる。日本に帰ってきて、学問をするにしても就職するにしても不利になる。馬鹿な事をするな」
「だから、嫌なんだ。何でも思い通りにしようとする。俺は父さんの人形じゃない! もう父さんの敷くレールには乗らない!」
「雅也、お前、何時からそんな偉くなったんだ」
「やっぱり話しても無駄だった。父さんはいつもそうだ。俺の意思など少しも尊重しない。よくよく考え抜いた末の結論だ。俺の思い通りにする。事後だけど、とにかく報告だけはしたからね」
「仕送りはもうしないからな。そこまで言えるなら、自分の食いぶちは自分で稼げ」
「わかっている。リサと二人で働くつもりだ」
「お前、学業を放棄するのか」
「そうだよ。食いぶちは自分で稼げといったのは、そっちだろ」
「勝手にしろ」
「ああ、勝手にするよ」
「お前、フィリピン人の女に騙されてるんだろ」
「父さん! 言って良いことと悪いことがあるんだ! リサはそんな女じゃない。リサのことを侮辱したら、たとえ、親父であっても絶対に許さないからな! 孫ができたんだ。少しは喜んでくれると思ったのに。無駄だった。もう切る!!」
雅也の怒りが、電話回線越しにビンビン伝わってきた。憮然とした。
もう日本にいた頃の素直で御しやすい雅也じゃない。雅也も簡単に折れないだろう。強情なところもある奴だ。
怒りと情けなさで受話器を置く手が震えていた。




              ・・・・・・・・★3・・・・・・・・
父と息子の決裂。当面は修復不能。
内野は動転していた。あの内気で心優しい雅也が激しく反抗した。雅也が成長した証しとも捉える事もできた。が、そんな余裕はない。ショックで立ちくらむ。
妻には何も言わず、妻の方を見ないようにしてふらつきながら自室に入る。明かりもつけずにベッドに腰を下ろし頭を抱え込む。
パソコンのモデムの灯りとビデオ・レコーダーの時刻の文字盤の灯りがチカチカと瞬くだけ。遠くで聞こえる救急車のサイレン。外の通りを歩く家族連れの明るい声。
静かな室内で心を落ち着かせても、雅也の非難が耳にこだまする。
「俺は父さんの人形じゃない! もう父さんの敷くレールには乗らない!」

今となっては遠い思い出となってしまった穏やかだった頃の親子関係。内野は振り返っていた。
私は雅也の言うような道理にはずれた父親だったのか。思い当たる節があった。
息子の理解者を装っていたが、息子の専制的抑圧者だったようだ。形の上では息子と何でも話し合って解決するようにはしていた。が、話し合いは茶番。民主的な形だけを取った上意下達の儀式。自信たっぷりの語気と鋭い眼光で圧力をかけ、催眠をかけたように私の意に沿う発言を引き出した。若者を手玉に取るのは学生達で慣れていた。
従順な息子は、ほぼ私の意向通りに動いてくれた。私の考え、価値観を理解し尊重していると勘違いしていたようだ。
息子の中に反抗心が芽生え、どす黒いマグマとなって貯めこまれて渦巻いているなどとは少しも気づかなかった。
留学をしたいと言い出したときも、何よりも私と離れて生活したかったのだ。留学先などどこでも良かったようだ。
「お前、留学を希望しているんだって」
「うん、他の国の文化を体験して自分に幅を持たせてみたいんだ」
もっともらしい理由を伝えてきた。
「そうだな。親元を離れて一人で生活し自立心を養うのはいいことだ」
「今ひとつ、伸び悩んでいる英語力にも磨きをかけたい。英語で論争できるくらいになるという目標を持っている」
「英語力はその気になれば日本にいたって身につく。留学という名でただ遊んできても意味がない。卒業後に進む道を考えて、留学先を選んでみろ」
「うん、今、いろいろ調べているところなんだ」
「国際関係の仕事をしたいんだったよな。それなら、欧米ではなくアジアの国という選択肢もある。第三世界を肌で感じておくのもいいかもしれない。人間的にも成長するだろう。若いんだ。目先のことだけを考えるな。急がば廻れということもある」

そして、自立心をつけた息子に実際に直面すると、このザマだ。息子の人格なんぞ露ほども認めていなかった。自己矛盾もはなはだしい。自分勝手だと思った。


内野は東京の私立大学で国際関係学を教えている。
人種・文化に偏見のない進歩的自由主義的思想の持ち主。というのが世間一般の評価。自分でもそれを正当な評価と自惚れていた。
が、偏見のない人権的思想家は仕事の上での建前。心の深層では貧乏な者、教育のない者を侮蔑し軽んじていた。
育ちの良さを誇りにしたお坊ちゃん。貧乏な暮らしや下品な人間は生理的に受け付けなかった。駄馬の気持ちなどサラブレッドにはわかるものか。心の中では開き直っていた。
が、社会的にはそんな本音をおくびにも出さないように細心の注意を払った。極めて差別的で傲慢な人間。それが内野教授だった。

学識者としての肩書きと経歴で鷹揚な態度を周囲に取り続けた。が、専門の世界を離れれば赤子同然の世俗的知恵。陰口を叩かれ軽蔑されていた気もする。妻に引きずられて世間体というものを必要以上に気にし、外と内を使い分ける二重人格。そのことに取り立てて矛盾も抵抗も感じていなかった。鈍感で小心な、幼児性を残した世間知らず。それも内野教授だった。

だから、息子からフィリピン女性と結婚すると報告を受けたとき、内野は信じられなかった。激怒した。息子は自分と同じ価値観を持っていたはずだ。
欧米の女ならまだいい。東南アジアの女の血を家族に入れるなど、もってのほかだ。議論の余地はなかった。よりによってその女に女の子が生まれたというではないか。
孫の誕生を祝う人間的な気持ちになるどころか、逆上して飲めない酒を飲み、夜の巷で珍しく荒れ狂った。
育て方をめぐって妻と責任をなすりつけあい、珍しく大声で罵り合った。どこが尊敬されるべき学識者だ。笑ってしまうよな。

「私があれほど反対したのに、あなたがフィリピン留学を許可なさったからですわ。お友達の手前、私はアメリカかイギリスに行って欲しかったのに」
「留学先は雅也が選んだんだ。お前、あのとき雅也に何も異議を唱えなかった」
「始めて雅也があなたの意向に背いて決定したことよ。そんなこと、できる雰囲気じゃなかったわ」
「お前の監督責任がなっていなかったからだ。一度もフィリピンに行こうとしなかったじゃないか」
「あら、あなた、私に一度もフィリピンに行くようにおっしゃらなかったわ。おっしゃても、あんな汚くて危険なところ、私、行かなかったと思いますけど」
「何が、あんな汚くて危険なところだ。行ったこともないくせに。推測でものを言うな」
「よく言うわよ。あなたが心の中で私と同じように思っているのはわかっていてよ」
「他人の心の中がわかるわけないだろ」
「わかりますわよ。何年、あなたと連れ添っていると思いますの」
「もう、いい。問題はそんなところにない。なんとか結婚は止めさせなければならない」
「私も絶対に認めませんことよ」
「フィリピンの女なぞに、絶対に家の敷居をまたがせない。安心しろ」
息子に裏切られた腹いせに内野は意固地になっていた。
「その言葉、お忘れにならないでください。わたし、恥ずかしくて、お友達に顔向けできないわ。フィリピンの女の人って、身体を平気で売ったりするそうよ」

妻との間は冷めきっていた。が、積極的に別れる理由は何もない。別れるプラスマイナスを考えると、圧倒的にマイナスの方が大きい。
典型的な家庭内別居、仮面夫婦。人前で仲の良い夫婦を演じるのも、お互いが納得済み。連れ合いには愛情を感じてはいなかったが、相愛のカップルを演じていること自体は心地よかった。そのときだけは気持ちが一致していた。どこかの演技賞にも該当する迫真の演技。

対照的に、二人だけでいるときは、愛情のない事務的な会話と皮肉で冷たい視線がすべて。
が、他にこれといった望ましい選択肢が見当たらない。世間体のため、惰性で一緒に暮らしている。それでいいじゃないか。世の中の夫婦も我が家と似たり寄ったりだろうと、自分に都合よく思い込んでいた。
あと十年もして歳を取り人間が丸くなれば、あるいは、息子に孫でもできれば、もっと穏やかな日々が訪れるかもしれない。妥協と平安の日々を願望していた。

「とにかく、雅也を日本に帰らせろ。仕送りはもうするな」
「わかりました。そうします。でも、雅也のことが心配ですわ。他に手はないのかしら」
「変な慈悲心は起こすな。兵糧攻めが一番効果がある」
「生まれた赤ちゃん、私達の血を引いているのよ。それを思うと可哀そうで。涙が出てきちゃうの。私、引取ってもいいんですのよ」
「それには私も異存はない。女には慰謝料をたっぷり払う。まずは別れさせることが先だ。その上で引取ることも考えていこう」
「私、その女の人、迎え入れてもいい気もし始めてるんですのよ。私達さえ我慢すればいいんですから」
「馬鹿言うな。女の思う壺だろ」
「でも・・・」
「お前は肝心なところでいつも挫折する。もう決めたんだ。金を送らなければ、直に帰ってくるさ。雅也はそこまでタフではない」


兵糧攻めは効果がなかった。
父親は息子を過少評価していた。

「あなたと雅也が仲違いしてから、もう3年になりますわ」
「思ったより骨のある奴だ。雅也を甘く見過ぎていた」
「私、たまに電話で話をしていますのよ。雅也、観光ガイドまがいのことをして働いているらしいわ。でも、お金にならないってこぼしていました」
「あの国で割りのいい仕事が簡単に見つかるものか。自分の撒いた種だ。苦労すればいい」
「あなた、冷た過ぎると思いません? 今までは連れの女の人が稼いで生計を維持していたみたいなのよ。雅也も必死なんですわ。あの子、人一倍、プライド高いですから」
「快適な生活を支えていくって、どんなに大変なことか、思い知ればいいんだ」
「私、最近、心配であまり眠れないんです。雅也と孫のクリスちゃん、ちゃんと食べているのかしらって考えたりして」
「くだらんことを心配するな」
「赤ちゃんのミルク代。少し援助しても良いかしら?」
「雅也がそう頼んできているのか」
「いいえ」
「じゃあ、駄目だ。甘えさせればつけ上がる」
「あなた、この3年で何も学習していないのね。この膠着状態から二人ともそろそろ抜け出す時期ですわ。こういう結果になるなんて、あなたの判断、間違っていたからよ」
「そうだな。その点は私も認める。申し訳ない。雅也がすぐ音をあげて泣きついてくると思っていた」
「そうよ。雅也を見くびり過ぎたわね。でも、うれしいことよ。雅也って、意外と根性がすわった子なのよね」
「苦労して、一回り人間が大きくなっているんだろうよ」
「性格がひねくれていなければいいですけど。仲直りに向けてこちらから信号を送るべきですわ」
「勝手にしろ」
「あなたって本当に往生際が悪いんですから。やせ我慢はもうやめましょうよ」
「うるさい。だから、勝手にしろって」
「じゃあ。ミルク代、送りますからね」
「勝手にしろ」
「勝手にしろとしか、言えないのね。はいはい、わかりました」
by tsado11 | 2013-05-27 23:59 | 至福の時間